1590年に完成した龍念開は、糸島の干拓事業の先進事例として今日まで語り継がれています。戦国末期、龍念開とはどのような事業だったのか。実際の干拓地を歩きながら龍念の人物像や当時の地形をたどっていきます。

開催概要

日時

2026年9月19日(土)13:30集合 15:30解散予定

集合場所

志摩の四季前(イオン糸島内)

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スケジュール

13:30 集合・コース案内
14:00 浄光寺にて住職の談話
15:30 グリーンピクニックにて懇話会(希望者のみ)
16:00 解散

参加費

500円(資料代/学生以下無料)

※交通費は各自

ご注意

歩きやすい服装でお越しください。

お申込み

このイベントは終了しました。

案内チラシ

開催結果

参加人数

7人

開催概要

志摩で最初の干拓地を訪ねて

今回の海辺の教室は、可也山のふもと、志摩の記録に残る最初の干拓地である龍念開を歩きました。龍念とはこの地を干拓したというお坊さんのことで、1590年に開いたと記録されています。

しかし、その詳細についてはほとんど記録がなく、龍念についてもあまりわかっていません。そこで、どのような干拓だったのか、龍念とはどういう人物だったのかを追いながら、干拓地を歩くことにしました。

龍念開とされる場所。現在の津和野の一部

今回は地元で農業法人をされている冨田則之さんもご参加いただき、少人数で歩きました。

<龍念について>

龍念は糸島で教念寺と戒宝寺を創建したと言われる僧です。元は三瀬周辺を支配していた神代(くましろ)家の出自で、神代勝利の孫、神代長良の子とされています。

佐賀の願正寺で出家し、天正年間に糸島の野北に草庵を結び、1590年に二男と共に津和野で龍念開を作ったとされています。

しかしながら、父であるはず長良は鍋島家から養子をとっておりその養子が家督を継いでいます。また、出家したと言われている願正寺は1600年に創建とあり、記録だけを見ると不思議な点が多く見つかります。

浄光寺に訪問

龍念は浄土真宗本願寺派でしたが、同じ浄土真宗の浄光寺が近くにあります。ご住職の原田さんより龍念の話、地域の話、農業の話などを伺いました。近くの山太郎池は、地元の大切な水がめで、この水で干拓地の田んぼ一帯がまかなえるそうです。

龍念についての記録は、教念寺、戒宝寺、願正寺にありますが、なぜ佐賀のお寺に龍念の記録があるのか、不思議だったそうです。

ここから泉川周辺までは水はけのわるい土地だったため、昭和に大規模な排水工事を実施したそうです。そのため、土は相当入れ替わっているようで、海だった形跡はほぼ消えてしまったようです。

今回は人物を中心にしたエクスカーションでしたが、貴重な土地の話や地域の話をうかがうことができ、参加者の皆様からは大変好評をいただきました。